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2008年01月15日 (09:34)

さよなら阿州丸:もう一つの教室/4 司厨長・川村史郎さん /徳島

 転々 / ヒカシュー
 ◇多くの笑顔生んだ料理「最後は焼きめしかな」−−川村史郎さん(62)
 阿州丸の資料が保存されている水産高校の会議室。10年前の業務日誌をなつかしそうに振り返り、当時の思い出を語る男性がいた。
 20年間、実習生とともに航海に出て、一日3食の食事を作り続けてきた司厨長(しちゅうちょう)の川村史郎さん(62)。その厚くも繊細な手から作られる料理が、多くの笑顔を生み出してきた。
 海南町出身。世界中を航海していた伯父にあこがれて、夢は航海士だった。受験した香川県の粟島海員学校の試験。「視力に障害がある」という理由から不合格に。夢は断念した。
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 進んだのは水産高校の製造科。阿州丸に乗って実習に向かう漁業科の生徒を、せん望のまなざしで見送った。
 高卒後はハムの販売、塗装業、建設作業員など職を転々とした。
 転機が訪れたのは31歳の時。義兄が長崎市で底引き網の遠洋漁業を営んでいることから、手伝いに来ないかと誘われた。「海で仕事が出来る最後のチャンスかもしれん」。一人長崎に向かった。夢がもう一度動き出した。
 36歳の時、事件が起きた。漁船で東シナ海を航行中、料理長が船から転落し行方不明となった。急きょ代役として川村さんに白羽の矢が立った。船で包丁を握ることとなった。
 41歳、知人から誘われ阿州丸の司厨長となった。本を読んだり、うまいと言われる料理屋に足を運んだりして、必死に勉強した。調理師免許も取得した...

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(引用 yahooニュース)




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